ARCHIVE  ENTRY  COMMENT  TRACKBACK  CATEGORY  RECOMMEND  LINK  PROFILE  OTHERS
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
2016.02.07 Sunday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2016.02.07 Sunday

ガーナレポート③ 「ちがう」ということ


町内の子どもたちへの『ガーナのじゅ業』の中で、自分の手のひらに貝殻をのせながら、この写真を見せた。

子ども「ぜんぜん ちがうね。」「すごい色だね。」 

私「そう。私たちはやっぱり自分の手の色に慣れているから、違うとびっくりするね。でも同じように、ガーナの人は、私の手の色の方が珍しいんだよ。白いね!とびっくりするんだよ。」

子ども「へ〜! この手の色にびっくりするんだ…」 自分の手を見たり。

私「手の色も、髪の毛がまっすぐなことも、珍しいんだよ。でも、ぜんぜん違う私に、やさしくしてくれたよ。これは、私が貝殻を拾っていたら、ガーナ人の男の子が「これもいる?」って貝殻を拾って、「洗った方がいい?」って、洗って持って来てくれた時の写真。「ありがとう。日本の子どもたちにあげるね」と言ったら、にっこり笑ってくれたよ。」


ちがいがいっぱいあっても、仲良くなれる。世界には、ちがいがいっぱい。ちがいがあるのは、ふつうのこと。ちがいを知るって、おもしろいな。そんなことを、子どもたちに伝えることができていたら、うれしい。もちろん世界じゃなくても、身近なところにもちがいはたくさんあって、そんな何かの気づきにもなれば、さらにうれしい。


この、明らかな肌の色の違い。国籍の違いよりも、とにかく、もっとくっきりはっきりと、違う。「黒人」と「白人」。この明らかすぎる違いが、本当に、ただただ当たり前の「違い」として、ごく普通に、存在し認識されている。肌の色を話題にするということ、それだけでも違和感があって、さらに「黒人」「白人」という言葉には、禁句的なニュアンスさえ感じていた私にとって、ガーナの人たちのあっけらかんとした感じは、とてもとても新鮮だった。

「オブロニー(白人の現地語)」って、子どもから大人まで(たぶんこれは人気者的に)呼びかけられるけど、それは「自分たちは黒人」という意識があるからこそ。自分たちと違うから白人が目立つし、珍しい。実際、「君たちは白人。僕たちは黒人。ははは」みたいな、「オブロニ」「アベビニ(たしか…黒人の現地語)」という言葉が、ごく普通に会話に出てきたりする。ぜんぜん深刻じゃなく笑顔で。


ガーナ人のアーティストが描く「人」は、肌の色が黒や茶色。だってその色なんだから。当たり前。

そっか。「黒人・白人」は、「足が大きい・小さい」ぐらい、ただの「違い」なのかー。触れてはいけない遠い存在のものじゃない。日本語の「黒人」「白人」という言葉に勝手に「禁句的なニュアンス」を感じていること自体が、きっと彼らにとっては違和感であり、新鮮な感覚であり、それも、大きな「違い」なんだな。私の(日本の?)人権意識としては、それでも言葉などに配慮すべき場面はあるとは思う。でも、配慮なんていらない「ただの違い」とみんなが感じられるなら、その方がもっとすごいことなんじゃないか。

もちろん「ただの違い」になるまでには、忘れてはならない歴史があり、きっと今も完全に「ただの違い」ではない部分もたくさんあると思う。でも、ガーナの人たちの肌の色の違いに対する「あっけらかんとした感じ」を私が感じたのは事実で、本当に新鮮で、すごく大切なことを教えてもらったと思う。さまざまな歴史の中で、たくましく、しなやかに生きてきた彼らの大らかさが、全てを包み込んであっけらかんとした感じ、につながっているような。ガーナの人たちの穏やかな笑顔と、この感覚に出会えたことに、心から感謝です。ありがとう、ガーナ。

肌の色のちがいなんて、ふつうのこと。みんな、地球人。



 
2015.10.24 Saturday

ガーナレポート② 全員しゃべってる!!!


都会なアクラ

「穏やか・フレンドリー・生きる力・平和」が、私にとっては印象的で魅力的なガーナ。概してガーナ素敵!と感じたことを、まずは伝えました。が、だけどもちろん、そんな美しさだけでない側面もあって。首都アクラは、「フレンドリー」がしつこい(?)ほど、と書いたけど、本当のところ、ただフレンドリーというか…

アクラは、とにかく人が多くいそがしい。当たり前に、みーんなが黒い肌のガーナ人の中で、常に浴びる「外国人」としての注目。どれだけ日焼けしたって、アジア人も黒人ではなく白人。常に浴びる「オブロニー(白人)」「チャイナ」「ニーハオ」「チンチョンチャン※」の声。※意味はないらしい。中国語を真似た中傷。

日本人の感覚として、「あ、外国の人」と思ったとしても、それは心の声。でもガーナ人、全て、声に出ちゃってますから。しかも大声。人・人・人のマーケット、気づけば、「全員しゃべってる!!!」。ガーナ人同士もよくしゃべりよく笑う、というのも相まって、本当に、笑えるほどに、視界に映る人が「全員しゃべってる!!!」。それ自体は笑える状況だけど、でも、人々の声の中から、ひっきりなしに聞こえるヤジというか何と言うか…

ただ騒ぐように、どちらかと言えば人気者的(?)に「オブロニー」って言っている場合もあるけど、「チャイナ」や「ニーハオ」は、中傷が含まれているのが分かる。「私は日本人だ」とふだん意識しているわけではないのに、「中国人」と言われるのは、なんかとても嫌な気分なんよねぇ。

さてこの「チャイナ」の声に、だまるか、立ち向かうか。

一番楽なのは、無反応。目も合わせない、応えない、聞こえないフリ。
だけどこれは、本当に聞こえていないのか。聞こえているけど気にしていないのか。本当に中国人だから納得しているのか。なんにも、伝わらない。

立ち向かうとなると、「ちがう!日本人だ!(怒り口調)」と、嫌な気分を伝える。もしくは、「日本人だよ。そうやって言われると嫌な気分だよ。」と、丁寧に伝える。さらにハイレベルなのが、「チンチョンチャンって意味分かってる?分からんなら使うべきでないよ。」など、彼ら側に立って考えて、伝える。立ち向かうには時間もかかるし、何よりエネルギーと語学力がいる。言葉にするには、まずは嫌な気分を一度落ち着けないといけない。ここで、「日本語で怒る」という方法もある。とりあえず、嫌な気分は伝わる。だけど、やはりこれも時間とエネルギーは必要。

たまになら、時間とエネルギーを使ってでも、伝えようと思える。伝えることが、自分がその場所にいてその人と出会った意味にもなり得ると思う。「暗黙の了解」とか、「空気をよむ」とか、そんなものはない。伝えないと、伝わらない。

でもねぇ… 
常に、ですから。

いや、ちょっと語弊があるかもしれないので、追記。「常に」と感じるほどに、頻度が高くなったときは。かな。

全員しゃべってる全員に、応えるなんて不可能。そもそも、現地語もできない、英語力も不十分となると、やっぱり無難な無反応を選ぶしかない。しかし時間はかからない無反応であっても、「無視する」のが「いいこと」でないのは分かっていて、それを意図的にやっているわけで… 

とにかく、心が鍛えられます。
イラっとしてしまう自分とのたたかいでもある。

だから、それをさらりとやってのけて(もちろん奮闘・葛藤の末だろうけど、さらりと見えることがまたスゴイ)、時には、きちんと時間とエネルギーを注いで立ち向かったりもして、ネタにして笑い合って、そんな状況とうまくつき合っている、ガーナ隊員のみんなを、本当尊敬します。心折れることも、引きこもりたくなることも、あると思う。それでも暮らしていくには、状況とつき合うしかないもんね。みんな、たくましい。

この、常に「外国人」として注目され続ける経験。アクラの人ごみでの、常に「声」をかけられ続ける経験。これは、いろんな人種がいて当たり前の国や、アジアや、特にモンゴル顔の私がモンゴルで暮らす中では、絶対に味わえない。
まさに、異文化!!!!だった。
この感覚を体感できたことは、大きな財産だと思う。


一度だけ、意識的に立ち向かってみた場面を、最後に紹介。

マーケットの人ごみの中で、10歳ぐらいの少年が、すれ違いざまに「ニーハオ」って、ニヤッて笑いながら言ってきた。私はちょっと立ち止まって、彼の目を見て、「こんにちは」って、ゆっくりはっきり応えてみた。きょとんとして立ち止まる少年。を横目に、そのまますれ違って歩き進めていたら、彼が早足でもどってきて、追い越しざまに「こんにちは」って、私の目を見て、ちょっとはにかみつつ、言ってくれた。

なんか、すごーく、あったかい気持ちになった。伝えるっていいなぁと、思ったのでした。


写真は、その少年じゃないけど、このお兄ちゃんぐらいやったな。この3兄弟は、北部のボルガタンガで出会った子たち。

ちなみに北部の人々は、また南部とは全く違って、全員しゃべってる、ということはなく、みんな穏やか。目が合えば微笑んでくれるけど、声はかけてこない。そんな違いも、ほんとおもしろい!

2015.09.29 Tuesday

ガーナレポート① まずは、いいなぁ〜と感じたこと



ガーナで感じたこと、いろいろ。
久しぶりのここに、まとめてみることにします。自分への、備忘録としても。

まずは、Facebookにも上げた記事を転記。

*********************************************

感動がさめないうちにと思いつつ…すでに降り立った日から1ヶ月!!
ガーナのいろいろを、少しずつ^^;

初めてのアフリカ大陸、ガーナ。
12日間を過ごした私の印象は、
「穏やか・フレンドリー・生きる力・平和」
もちろん見えていないものもたくさんあるとは思うけど、なんというか、人々があせってない。
みんな、よく話しよく笑っていたなぁと。

北部のタマレ→ボルガタンガ→カンジャガや、南部のアクラ→エサァーチレ→ケープコーストの道中、
車窓に流れる風景や人々の暮らしが本当に魅力的で、何時間も飽きることなく眺めてた。

延々と続く道を、着実にしっかりと、背筋をピンとのばして、
頭に荷物をのせて歩く姿は、まさに「地に足をつけて生きる」という感じで、
力強くてしなやかで、憧れるほどかっこいい。
大きな木の下に人々が集まって、話して笑ってる風景が大好きやった。




水汲みの子も、子守りのお姉ちゃんも、
炭焼きのお母さんも、トウモロコシ運びのお父さんも、
みんな目が合えば微笑んでくれる。
何より、どこにでも子どもがいっぱいいて、
大人も一緒に笑ってるのがいい。

質素だったり不便だったり歩みが遅かったり、
それは発展の対極かもしれないけど、豊かさの対極ではなくて。
もしかしたら「平和」は、こんな暮らしにこそ近いんじゃないか、とさえ感じてしまう。
楽観的かもしれないけど、でもそう思わせてくれるほど、ガーナの人々は幸せそうに見えました。

ガーナ、いいところ!
まずは全体の印象。
首都アクラは、「穏やかさ→活気」で、
「フレンドリー」はしつこい(?笑)ほど…
など印象が異なるし、まぁもちろん、それだけでない面もあるけども。


また追々つづきを〜



2012.04.01 Sunday

春らんまん



トンネルを抜けると
春らんまん






青空にひろがる
春らんまん






四万十川と
春らんまん






春らんまん
のマラソン大会。



がんちゃんの応援に行きました。
走ってる姿見れんかったんやけど。。。

おつかれさま。

2011.10.27 Thursday

遠足だより



瀬戸内海に浮かぶ香川県の島 豊島





島の魅力

その1つは 船で乗りこむ ってことだと思う。

船に乗って、港がどんどん遠ざかって、

どんどん島が近づいてくる感じ。 いいねぇ。





そして すてきな路地

散髪屋さん もちろん現役。





島には アートが点在。

この竹やぶを登り切ったところにも

ひっそりと。 きれいやった。





”アート”じゃなくても 

たくさんの作品たち





お昼ごはん

タコ!!! うま!!!

お父さんに食べさせてあげたい。
(1週間に一度は必ずタコを食べたいタコ好き)





いや、それはムリやろ。。。

島内の案内地図の右すみで、何度も見かけましたが。



  

かわいすぎる 柿たち

影がまた かわいすぎる





まぁ お休みのところもありましたが





島 ゆいいつの 美術館





横に だんだん畑をながめて

「棚田」って言うより、「だんだん畑」って名前が好き。

田んぼなんやけど。






小道を通って





どんどん 進むと





見えてきたもの





この中で見たもの



すごく 好きでした。

コンクリートなんやけど やわらかくてやさしい感じ

くつ下の足は冷たいのに あったかい感じ

たぶん一日中いても飽きない

赤ちゃんの動きを見ていて飽きない感じと似てるかもしれん。


すごいなぁ。

人はこんなものも、つくれるんや。

自然の力といっしょに。






帰り道

船と太陽の力で きれいなもよう



また行こう。







もちろん 香川ですから



有名処の「ちくせい」

だけに、ちくわにピントが合ってますが。

天ぷらのレベルが非常に高いです。

さらに、ワカメも大根おろしもゴマもネギもレモンも、乗せ放題◎



2011.09.20 Tuesday

気仙沼

「被災地」「被災者」 じゃなくて

あの風景 あの人たち が目に浮かぶ。



津波がきた、きていない、天と地の境界線の向こう

がらんと、静かな、風のとおる空間と広い空
少しずつ少しずつ積み上げられた巨大ながれき山
満潮の度に入り込む海水が作る、大きな水の鏡
そのままの形で佇む、ぐにゃりと曲がった鉄骨の大群
ここにあることが当然かのように、内陸に残された巨大船
どんどん草におおわれていく、時間の流れ

あの日を境に、消えてしまった人々の生活
この空間中に、人々の生活がつまっていたという事実が
遠い世界のように、自然が、圧倒している。


だけど、その空間の中で
重機を動かして、トラックを動かして、手を動かして、
たくさんの人が、黙々と、途方もなく大きな相手に、向かっていた。
この半年間ずっと、この後も、まだまだずっと。



そして、残された空間の中で、
人々の生活が、営まれている。

そこで生きる、いろんな人とお話しをした。
「気仙沼は、まだ、町がふんばっている。大丈夫。」
「港のあたりはもともと人が活動のために埋め立てた土地。
 海が、土地を取り戻しただけなのかもしれない。」
「仙台でさえ、もう忘れかけている。忘れてほしくない。」
「自分の目で見て感じて確かめて、伝えないと。泣きながら町を歩いた。
 もう戻ることのない”自分が住んだ町”を思うと今でも涙が出る。」
「がんばっているし、前を向いているけど、虚無感も。」
「自分も被災していても、”周りのために”。人間はすてたもんじゃない。」
「地震、津波、何がおこるか分からないけど、”逃げれば大丈夫”」
「防災意識のあるなしが、そのまま生死につながる。」
「たくさんの応援をもらったから、恩返しがしたい。」
 
状況をかみくだきながら、
懸命に前を向いて、進んでいる人たち。
ひとりひとりの表情や目、話し方、空気感、その人がいた風景が、
ことばと一緒に目に浮かぶ。

時間はとまってない。
人が動いて、状況はどんどんかわる。

 
 
「被災地」「被災者」という漠然としたものじゃなくて、
空間に立ったあの風景や、想いを話し合ったあの人たち、
が 今はちゃんと目に浮かぶ。
これが、行く前と後で、いちばん違うところ。

あの風景のために、あの人たちと共に、歩みたい。
復興を応援することは、自分たちの防災(意識や学び)にもなる。
献身や奉仕じゃない。お互いのために。
 
相手や用途が見えにくい、大きな募金という形ではなく、
あの人、が目に浮かぶような、人と人をつなぐ形で応援がしたい。
こういう気持ちで、砂美の応援プロジェクトは進めようとしてる。
私個人としても、そう。相手が見えるところで、力になりたいと思う。
それと、無理せず、少しずつでも、ずっと力になりたい。 
力になる方法は、いろいろな形で、いくらでもある。
 

「自分のことより、周りのために。人間は捨てたもんじゃない。」
ということば。

”自分のこと”も、”周り”の一部に入れられるということかもしれん。
”周り”があってこそ、活きる自分。
家族がいてこそ、町があってこそ、日本があってこそ、世界があってこそ。
窮地に立たされたとき、人はこうまで”周り”のことを想える。
”周り”を構成している、人のことを、想える。


だけど、
「海が、土地を取り戻しただけなのかもしれない。」
このことばも、忘れられない。

世界は、人 だけのものじゃない。



とにかく、いろんなことを思う想う考える。
まずは、それでいいんじゃないかと。
すぐにまとめる必要もない。
いろんなことを考えて、ちょっとずつ、行動してみれば。
大きいことも、始まりはほんのひとつぶから やね。











あと、
被害は全部津波。
地震でくずれた建物がほとんどないことにおどろいた。
どっしりとした古い日本家屋は築70年ぐらいのも多いみたいやけど、
瓦が少々はずれているぐらい。日本の大工さんて、ほんますごい。
 

日本人を、誇りに思う。
2007.01.14 Sunday

初めての下界

訓練が始まって10日。
もっと長くここにいるような感覚です。

すっごい濃い日々。
毎日ぎっちり講座や語学の授業があって、
(詳しく書くと許可とかがいるので、さらっと)
外に出る暇もございません。が、
172人の仲間たちと楽しくがんばってます。

今日は待ちに待った日曜日。
唯一のお休みの日というわけで、
初めての下界(訓練所の外)へ行ってきました。
冷たい空気も新鮮で、すごくおいしい。
久しぶりのバス、お店、ラーメン、ケーキ、ビール。
あ〜〜〜幸せ。
今、幸せ感覚レベルが、かなり低いところにあります。

また、一週間がんばろ〜っと。

こんなのできちゃいます。

つららのおはし。



2006.12.29 Friday

ちょっとそこまで

と、遊びに行ってきました。
私にとってここは、そういう場所です。

このくに。

はい。香川県です。

今回は勢いでこちらにも足を伸ばしたり

今治(愛媛県)の焼き鳥は串にささってなかったりします。

ひさしぶりに先生や友達に会って、
たくさん話して、笑って、食べて、
大好きな場所を再確認。
あいかわらず、楽しすぎです。
ありがとう。 
お別れは、
「じゃあ、2年後に!」

まだまだ会いたい人、行きたい場所もあるけど、
また、来るから。
2年後、また
「ちょっとそこまで」で遊びに行きます。
またねー

おみやげは産直野菜てんこもり。
香川の野菜はやっぱり味が濃い。美味。


2006.12.04 Monday

一つで三度おいしい一日

‐学校からのお友達えみちゃんと
 えみちゃんの愛犬カノンちゃんと、遠足。
風は冷たいけど遠足日和。
浜寺公園でお弁当を食べました。
おいしかったーたのしかったーかわいかったー(カノンちゃん)

手帳を携帯と財布で立てて上にティッシュを置いてカメラを置いて撮った写真。
よし。小型の三脚を買おう。

△燭世い淆膾紊埜津乎罎タカシと再会。
またもマシンガントーク(メトロノーム最速)で話したため、
写真はありません。おもしろいね。あいかわらず。
この後中国地方九州沖縄と回って。。。そのうち私はモンゴル。
きっと次に会えるのは二年後です。楽しみだ。

これまた小学校からのお友達、野田くんのライブへ。
りょうちゃんも合流して、アメ村へ向かいました。
野田くんは、MOTHERS MILK と言う名のバンドのベーシスト。
これ、小中学校の時には、全く想像できんかったねぇ。
意外でびっくり。で、変わったけど、でも、変わってなかった。
音楽も、唄も、よかった。声が、すばらしかった。
なにより、ライブというのがとても久しぶりで、すごい楽しかった。
それぞれの道を、みんな行ってるんやなぁ。
また集まりたいね。


2006.12.04 Monday

かつかつスケジュール

で、日々が過ぎてゆきます。

月〜金は学校と勉強オンリー
通勤電車の中まで全て勉強時間です。
とにかく、単語を、つめこんでつめこんで・・・
オラガシラフ・ミチ・サンダル・アラガル・・・
(訳:進む・猿・いす・牛糞(たぶん燃料だから大切))
なつかしの単語カードをめくる日々。

そのため、土・日は動きたい(動かねば)衝動にかられます。
というわけで、まったく落ち着きがありません。

先週は父母娘旅行へ。
紅葉の超観光地『香嵐渓』を訪れるバスツアー。
腰のあたりにバッヂをつける、あれです。
ものすごい渋滞の中やっとこさ着いたその地は、
夜のライトアップを見に行ったのに、
肝心のライトへの投資不足(予想)により、イマイチ。。。
う〜〜ん、やはり、紅葉は、自然の色を楽しむもんやねぇ。
2日目に訪れた『小原の四季桜』はとてもよかったです。
春と秋に二度咲く四季桜。
春に咲くパワーを二分割した感じの咲き方ではあるけど、
もみじの紅色と桜の淡いピンクの共演、こりゃ贅沢です。

お天気がよろしくないのが心残りやけど。

のんびりいい旅でした。
お父さんお母さん楽しかったね。ありがと〜
Powered by
30days Album
PR