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2016.02.07 Sunday

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2016.02.07 Sunday

ガーナレポート③ 「ちがう」ということ


町内の子どもたちへの『ガーナのじゅ業』の中で、自分の手のひらに貝殻をのせながら、この写真を見せた。

子ども「ぜんぜん ちがうね。」「すごい色だね。」 

私「そう。私たちはやっぱり自分の手の色に慣れているから、違うとびっくりするね。でも同じように、ガーナの人は、私の手の色の方が珍しいんだよ。白いね!とびっくりするんだよ。」

子ども「へ〜! この手の色にびっくりするんだ…」 自分の手を見たり。

私「手の色も、髪の毛がまっすぐなことも、珍しいんだよ。でも、ぜんぜん違う私に、やさしくしてくれたよ。これは、私が貝殻を拾っていたら、ガーナ人の男の子が「これもいる?」って貝殻を拾って、「洗った方がいい?」って、洗って持って来てくれた時の写真。「ありがとう。日本の子どもたちにあげるね」と言ったら、にっこり笑ってくれたよ。」


ちがいがいっぱいあっても、仲良くなれる。世界には、ちがいがいっぱい。ちがいがあるのは、ふつうのこと。ちがいを知るって、おもしろいな。そんなことを、子どもたちに伝えることができていたら、うれしい。もちろん世界じゃなくても、身近なところにもちがいはたくさんあって、そんな何かの気づきにもなれば、さらにうれしい。


この、明らかな肌の色の違い。国籍の違いよりも、とにかく、もっとくっきりはっきりと、違う。「黒人」と「白人」。この明らかすぎる違いが、本当に、ただただ当たり前の「違い」として、ごく普通に、存在し認識されている。肌の色を話題にするということ、それだけでも違和感があって、さらに「黒人」「白人」という言葉には、禁句的なニュアンスさえ感じていた私にとって、ガーナの人たちのあっけらかんとした感じは、とてもとても新鮮だった。

「オブロニー(白人の現地語)」って、子どもから大人まで(たぶんこれは人気者的に)呼びかけられるけど、それは「自分たちは黒人」という意識があるからこそ。自分たちと違うから白人が目立つし、珍しい。実際、「君たちは白人。僕たちは黒人。ははは」みたいな、「オブロニ」「アベビニ(たしか…黒人の現地語)」という言葉が、ごく普通に会話に出てきたりする。ぜんぜん深刻じゃなく笑顔で。


ガーナ人のアーティストが描く「人」は、肌の色が黒や茶色。だってその色なんだから。当たり前。

そっか。「黒人・白人」は、「足が大きい・小さい」ぐらい、ただの「違い」なのかー。触れてはいけない遠い存在のものじゃない。日本語の「黒人」「白人」という言葉に勝手に「禁句的なニュアンス」を感じていること自体が、きっと彼らにとっては違和感であり、新鮮な感覚であり、それも、大きな「違い」なんだな。私の(日本の?)人権意識としては、それでも言葉などに配慮すべき場面はあるとは思う。でも、配慮なんていらない「ただの違い」とみんなが感じられるなら、その方がもっとすごいことなんじゃないか。

もちろん「ただの違い」になるまでには、忘れてはならない歴史があり、きっと今も完全に「ただの違い」ではない部分もたくさんあると思う。でも、ガーナの人たちの肌の色の違いに対する「あっけらかんとした感じ」を私が感じたのは事実で、本当に新鮮で、すごく大切なことを教えてもらったと思う。さまざまな歴史の中で、たくましく、しなやかに生きてきた彼らの大らかさが、全てを包み込んであっけらかんとした感じ、につながっているような。ガーナの人たちの穏やかな笑顔と、この感覚に出会えたことに、心から感謝です。ありがとう、ガーナ。

肌の色のちがいなんて、ふつうのこと。みんな、地球人。



 
2015.10.24 Saturday

ガーナレポート② 全員しゃべってる!!!


都会なアクラ

「穏やか・フレンドリー・生きる力・平和」が、私にとっては印象的で魅力的なガーナ。概してガーナ素敵!と感じたことを、まずは伝えました。が、だけどもちろん、そんな美しさだけでない側面もあって。首都アクラは、「フレンドリー」がしつこい(?)ほど、と書いたけど、本当のところ、ただフレンドリーというか…

アクラは、とにかく人が多くいそがしい。当たり前に、みーんなが黒い肌のガーナ人の中で、常に浴びる「外国人」としての注目。どれだけ日焼けしたって、アジア人も黒人ではなく白人。常に浴びる「オブロニー(白人)」「チャイナ」「ニーハオ」「チンチョンチャン※」の声。※意味はないらしい。中国語を真似た中傷。

日本人の感覚として、「あ、外国の人」と思ったとしても、それは心の声。でもガーナ人、全て、声に出ちゃってますから。しかも大声。人・人・人のマーケット、気づけば、「全員しゃべってる!!!」。ガーナ人同士もよくしゃべりよく笑う、というのも相まって、本当に、笑えるほどに、視界に映る人が「全員しゃべってる!!!」。それ自体は笑える状況だけど、でも、人々の声の中から、ひっきりなしに聞こえるヤジというか何と言うか…

ただ騒ぐように、どちらかと言えば人気者的(?)に「オブロニー」って言っている場合もあるけど、「チャイナ」や「ニーハオ」は、中傷が含まれているのが分かる。「私は日本人だ」とふだん意識しているわけではないのに、「中国人」と言われるのは、なんかとても嫌な気分なんよねぇ。

さてこの「チャイナ」の声に、だまるか、立ち向かうか。

一番楽なのは、無反応。目も合わせない、応えない、聞こえないフリ。
だけどこれは、本当に聞こえていないのか。聞こえているけど気にしていないのか。本当に中国人だから納得しているのか。なんにも、伝わらない。

立ち向かうとなると、「ちがう!日本人だ!(怒り口調)」と、嫌な気分を伝える。もしくは、「日本人だよ。そうやって言われると嫌な気分だよ。」と、丁寧に伝える。さらにハイレベルなのが、「チンチョンチャンって意味分かってる?分からんなら使うべきでないよ。」など、彼ら側に立って考えて、伝える。立ち向かうには時間もかかるし、何よりエネルギーと語学力がいる。言葉にするには、まずは嫌な気分を一度落ち着けないといけない。ここで、「日本語で怒る」という方法もある。とりあえず、嫌な気分は伝わる。だけど、やはりこれも時間とエネルギーは必要。

たまになら、時間とエネルギーを使ってでも、伝えようと思える。伝えることが、自分がその場所にいてその人と出会った意味にもなり得ると思う。「暗黙の了解」とか、「空気をよむ」とか、そんなものはない。伝えないと、伝わらない。

でもねぇ… 
常に、ですから。

いや、ちょっと語弊があるかもしれないので、追記。「常に」と感じるほどに、頻度が高くなったときは。かな。

全員しゃべってる全員に、応えるなんて不可能。そもそも、現地語もできない、英語力も不十分となると、やっぱり無難な無反応を選ぶしかない。しかし時間はかからない無反応であっても、「無視する」のが「いいこと」でないのは分かっていて、それを意図的にやっているわけで… 

とにかく、心が鍛えられます。
イラっとしてしまう自分とのたたかいでもある。

だから、それをさらりとやってのけて(もちろん奮闘・葛藤の末だろうけど、さらりと見えることがまたスゴイ)、時には、きちんと時間とエネルギーを注いで立ち向かったりもして、ネタにして笑い合って、そんな状況とうまくつき合っている、ガーナ隊員のみんなを、本当尊敬します。心折れることも、引きこもりたくなることも、あると思う。それでも暮らしていくには、状況とつき合うしかないもんね。みんな、たくましい。

この、常に「外国人」として注目され続ける経験。アクラの人ごみでの、常に「声」をかけられ続ける経験。これは、いろんな人種がいて当たり前の国や、アジアや、特にモンゴル顔の私がモンゴルで暮らす中では、絶対に味わえない。
まさに、異文化!!!!だった。
この感覚を体感できたことは、大きな財産だと思う。


一度だけ、意識的に立ち向かってみた場面を、最後に紹介。

マーケットの人ごみの中で、10歳ぐらいの少年が、すれ違いざまに「ニーハオ」って、ニヤッて笑いながら言ってきた。私はちょっと立ち止まって、彼の目を見て、「こんにちは」って、ゆっくりはっきり応えてみた。きょとんとして立ち止まる少年。を横目に、そのまますれ違って歩き進めていたら、彼が早足でもどってきて、追い越しざまに「こんにちは」って、私の目を見て、ちょっとはにかみつつ、言ってくれた。

なんか、すごーく、あったかい気持ちになった。伝えるっていいなぁと、思ったのでした。


写真は、その少年じゃないけど、このお兄ちゃんぐらいやったな。この3兄弟は、北部のボルガタンガで出会った子たち。

ちなみに北部の人々は、また南部とは全く違って、全員しゃべってる、ということはなく、みんな穏やか。目が合えば微笑んでくれるけど、声はかけてこない。そんな違いも、ほんとおもしろい!

2015.09.29 Tuesday

ガーナレポート① まずは、いいなぁ〜と感じたこと



ガーナで感じたこと、いろいろ。
久しぶりのここに、まとめてみることにします。自分への、備忘録としても。

まずは、Facebookにも上げた記事を転記。

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感動がさめないうちにと思いつつ…すでに降り立った日から1ヶ月!!
ガーナのいろいろを、少しずつ^^;

初めてのアフリカ大陸、ガーナ。
12日間を過ごした私の印象は、
「穏やか・フレンドリー・生きる力・平和」
もちろん見えていないものもたくさんあるとは思うけど、なんというか、人々があせってない。
みんな、よく話しよく笑っていたなぁと。

北部のタマレ→ボルガタンガ→カンジャガや、南部のアクラ→エサァーチレ→ケープコーストの道中、
車窓に流れる風景や人々の暮らしが本当に魅力的で、何時間も飽きることなく眺めてた。

延々と続く道を、着実にしっかりと、背筋をピンとのばして、
頭に荷物をのせて歩く姿は、まさに「地に足をつけて生きる」という感じで、
力強くてしなやかで、憧れるほどかっこいい。
大きな木の下に人々が集まって、話して笑ってる風景が大好きやった。




水汲みの子も、子守りのお姉ちゃんも、
炭焼きのお母さんも、トウモロコシ運びのお父さんも、
みんな目が合えば微笑んでくれる。
何より、どこにでも子どもがいっぱいいて、
大人も一緒に笑ってるのがいい。

質素だったり不便だったり歩みが遅かったり、
それは発展の対極かもしれないけど、豊かさの対極ではなくて。
もしかしたら「平和」は、こんな暮らしにこそ近いんじゃないか、とさえ感じてしまう。
楽観的かもしれないけど、でもそう思わせてくれるほど、ガーナの人々は幸せそうに見えました。

ガーナ、いいところ!
まずは全体の印象。
首都アクラは、「穏やかさ→活気」で、
「フレンドリー」はしつこい(?笑)ほど…
など印象が異なるし、まぁもちろん、それだけでない面もあるけども。


また追々つづきを〜



2014.08.31 Sunday

モンゴル草原美術館2014



このひらひらで、出会った遊牧民のお母さん
なんと、2011年のひらひらを、とおーーーーーーーーーーーくから、見ていたらしい。
白いものが一列に並んで風にゆれていて、何かな?と思ってたんだよ。と。
さすが草原!!!!!

とおーーーーーーーーーーーーーーーーくにも、
お客さんが、いてくれるかもしれない。
2014.02.09 Sunday

ちいさなアーティスト



子どもの絵って、かわいすぎる。
みんな、ちいさなアーティスト。

かわいい子どもの絵を見ると、すぐに
「Tシャツにしたら、最高」とイメージ。
にんまり してしまう。
これは職業病でしょうか。
楽しい病ですが。
 
2013.12.09 Monday

日々のお楽しみ




作るのも
食べるのも
楽しんでます。
2013.08.10 Saturday

モンゴル草原美術館2013



恒例になってきました 草原ひらひら
草原美術館に、た〜くさんのお客さま。
ご来館ありがとうございます。
2013.03.23 Saturday

こちらもたまには



更新しよう。と、思い立って。
facebookの方が、もうちょっとだけ、マメです。

もうすぐ、また”ひらひら”の季節。
遊びに来てくれる予定のあるアナタ、ご連絡くださいませ!
2012.04.20 Friday

4月14日

32年目のこの日は、

東京から気仙沼へ。
プロジェクトを進めるために、
たくさんの方と出会っていました。

今、ちらりと日記を見返してみたら
ほんまいろんな場所で、この日を迎えている。


いつも
どこにいても

あったかい気持ちでいっぱいになる日

おめでとうをありがとう。



復興屋台村「気仙沼横丁」にて
『蒼天伝』の金。美味でごさいました。


すなびファミリーより。
HIRAHIRA じゃなくて HARAHARA の文字(笑)
まあハラハラさせる人生歩んでますけどー


ちせとまちちゃんとらんちゃんより。
ムサシといっしょに☆ 


2012.04.01 Sunday

春らんまん



トンネルを抜けると
春らんまん






青空にひろがる
春らんまん






四万十川と
春らんまん






春らんまん
のマラソン大会。



がんちゃんの応援に行きました。
走ってる姿見れんかったんやけど。。。

おつかれさま。

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